2と1が数学的に等しいことを証明したとされる論文が数学界で話題になっている。今年1月に提出された1ページにも足りない小さな論文だが、いまだに反証できておらず、このままでは数学の根本条件そのものにぐらつきが生じる可能性もある。
「マスマティック・ロジスティック」誌の編集長であるジョン・ロック氏は「ボスコノビッチ博士の論文自体はいたってシンプルで、掲載された式だけならば中学生でも理解できる。しかし、それが誤りであることを証明するには非常に高度な数学の知識を必要とするため解明にはまだまだ時間がかかるだろう」と語る。
今回の論文は2と1が等しいという、一般的な通念とは大きく異なる結果を示しており、万が一この論文が正しいということが証明されれば、ユークリッド幾何学の根本を揺るがす大きな一石となることは間違いない。
たまに、内国債だから心配ないというようなことを言う人がいる。
それは借金の借り手と返し手が同じならそうだろう。自分で使い道を決められない人が、
お金をたくさん国に貸して、国の大盤振る舞いでさんざん良い目を見て、
いざ償還する段になって
「消費税30%にします」とか
「お札いっぱい刷ったので、あなたの資産も年金も実質半減しました」
とか言われても、「まあしょうがないよね」と納得するだろう。でも実際には、恐らく良い目を見てない世代が
最後のオチだけを味わうという理不尽な現象になるはずだ。
頭数的にも年齢低にも団塊ジュニアが一番やばいと思われる。そう考えると、「金融資産は1400兆あるから安心だ」という議論は、非常に危うい。
経営者も「従業員が絶対残業しない。有給完全消化する」という過酷(笑)な経営環境で利益を上げれば一皮むける。黙ってても従業員がサービス残業してくれるぬるま湯じゃ世界と戦えないんじゃないか。
学習能力の高さや手先の器用さを評価し、そういう人間に技術指導することで専門学校や職業訓練施設は人材育成をしている気になっている。 しかし、本来才能とはそんな事では育たないのだ。
『技術があればやっていける!』とか『技術がないからやっていけない!』とか、そんな意識で人材育成を考えていると計画は頓挫する。 たしかに、技術力は大切なのだが10年くらいの長期スパンでみれば、続けていける人間には必然的に技術力は付いてくる。
最も重要な能力は、その仕事を続けていて苦痛でないかどうかだ。
108 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/17(金) 03:55:59
寺田克也伝説・仕事でぶっ続けで10時間ぐらい絵を描いて、やっと休憩に入ったと思ったら
休憩時間に絵を描いている寺田。取材の人が「休まないんですか?」と聞いたら
「え、今休んでるけど?」と一言。寺田によると好き勝手に制限も縛りも何もなく
自由に絵を描くことは「癒し・休息」なのだという。・美術教室で先生に言われたものを描くのがつらくてつらくて
全然違うものをハイクオリティに描いたら先生に怒られたので、教室を辞めた。
描きたいものを描いて何がいけないのか、絶対に俺が正しいと思っていたという。・巨匠、鳥山明がパソコンでの彩色方法を教えてもらいに1ヵ月ほど寺田のもとで修業した。
・どうしても絵が描けない状況(電車やバスの中)では、目の前にあるもの(前のオバサンとか手すりとか)を
見てすぐに目を閉じ、その直前に見たものを頭の中で模写して遊んでいる。
